過去と道標
人生の受け止め方が、その人の人間性となって、その人の発想と行動の原点を創り上げます。
過去があって今の自分がいることは、誰でも知っています。
しかし、その過去を振り返る時に、どうしようもない悔恨の念が残るのは、純粋に前向きに生きようとする人の宿命ともいえるものかもしれません。
もっと恵まれた境遇だったら。
あの失敗さえなかったら。
心の綺麗な、純粋で前向きで素直な人ほど悔恨の過去を引きずり、それは時に、前に進めない自分の言い訳となって、殻を破れずにいる自分を守るための予防線となってしまうことがあります。
どれだけもがいても、過去の出来事を変えることは出来ません。
人は皆それぞれに、宿命を背負って生まれてきたのだということを受け入れた時に、未来へと踏み出すことが可能になります。
壁を一つ乗り越えた時に見える景色は晴れやかですが、その晴れやかな景色はいつまでも続きません。
壁を乗り越えて、自分自身を見つめ直した時に込み上げてくるものは、「あの時あの人にもっとこうしてあげればよかった」「目先のことに囚われて、何であんなことを言ってしまったんだろう」という、自分の過去のどこかに残していた暗がりです。
光と影。
華やかさと葛藤。
こうしたコントラストの中で、人生という舞台は準備されています。
人は自分の力で生きていると思いがちですが、実はそうではありません。
人は、生かされているのです。
大宇宙から、何かの縁と意味を与えられて、生かされているのです。
そう思えた時が、新しい人生のスタートの時となるに違いありません。
そのスタートラインに立った時に、「生きたい!」という生命の本能的な思いの発露が生まれ、引きずったところで何も生み出さない過去よりも、新しい何かを生み出していく「未来」を考えようという方向へと気持ちを導いていくのです。
誰でも人は、過去に辛く苦しかったこともあれば、人からもらった沢山の愛情もあります。
辛く苦しかったことも、頂いた沢山の愛情も、それら全てを包含した過去を丸ごと自分のものと受け止めたことが、その人物の色となって表れてくることを知りましょう。
その人の話す言葉や振る舞いには、全てそれを発する人の色が付いて、それが受けての心に届くことを忘れてはなりません。
過去があってこそ自分は自分です。
しかし、様々な状況が押し寄せてくる生活のなかで、本当にそのように思うことは容易なことではありません。
しかし、過去も含めて自分を丸ごと受け入れなければ、自分自身の殻を破って前に進むことはできません。
過去を含めて、自分を丸ごと受け入れるためには、過去を引きずりながら悩む時間や、自分と向き合って自分の内側と対話することも決して無意味なことではありません。
しかし、そうしたこと以上に大切なことが一つあります。
それは、いつも心のなかに一緒に居てくれて、「あるがままでいい。」と自信をつけてくれる人の存在です。
あなたの存在には、意味があります。
その稀有の意味を顕現するために、過去は大いに引きずっていいのです。
悩んだ先に差す光こそが、あなたを心温かい逸材へと成長させる道標(みちしるべ)となるからです。


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