当たり前のレベルについて
成功している人に100%あって、成功していない人に100%ないもの。
幸せになっている人に100%あって、幸せになっていない人に100%ないもの。
それは「覚悟」です。
うだつの上がらない人に共通するものは、覚悟の欠如であることを覚えておきましょう。
覚悟と「匹夫(ひっぷ)の勇」は違います。
匹夫の勇とは、思慮の浅い者が血気にはやって振るう、取るに足らぬ小勇を意味する故事です。
状況を無視して破れかぶれで突撃することを、覚悟とは言いません。
それでは一体覚悟とは何を言うのでしょうか?
覚悟とは、当たり前のレベルを言います。
どのような当たり前のレベルで、これから自分がやろうとすることを思えているかが覚悟なのです。
例えば、オリンピックで金メダルを取る人は、自分が金メダルを取ることに対して全く不安を覚えることはないのだそうです。
それどころか、自分が金メダルを取るのは当然であり、そこに疑いが入り込む余地などまるでありません。
銀メダルは努力で取れるのだそうですが、金メダルは努力だけでは取れないと言われます。
金メダルと銀メダルを分ける、決定的な要素とは何なのでしょう。
それが、当たり前のレベルという名前の覚悟なのです。
それは、どのレベルで自分がやろうとすることを信じているのか、ということに通じていきます。
信じるということに通じる、究極の当たり前のレベルとは何か。
それは、とてもシンプルなメンタリティーのなかにあります。
例えば、あなたが女性であるとします。
女性であるあなたが今まで人生を生きて来て、信じて疑ったことのない当たり前のこと。
それは「私は女である。」ということです。
女性であるあなたにとってあまりにも当たり前過ぎて、わざわざ語るにも値しない真実。
「私は女だ。」
このレベルで金メダルを思えている人しか、オリンピックで金メダルは取れないのです。
自分がやろうとすることに対する一番目の仕事は、早くこの域に自分のメンタリティーを引き上げることです。
結局人生を決定するものは、何を当たり前と思っているかであることを忘れてはなりません。


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